葬儀や通夜における失礼のないマナー

友人の母の葬儀と通夜で感じた事

最近、自分が年齢を重ねて来た事なのか、葬儀や通夜に行く事が多くなってきたなと感じます。4年前には主人の父が他界し遺族としての葬儀に関わりました。大手の葬儀屋さんだったのですがとても親切に対応をしてくれていました。私達の事もとても良く気が付いてくれていましたし、葬儀の時、お通夜の時の進行時の何ともいえないスマートさ。かっこが良くきちっとした対応を参列してくれている方々にしていました。大変なお仕事だなと感じました。

2年位前には友人のお母さんが急に他界してしまったのです。突然という事もあり、友人はもう精神的にもボロボロな状態でした。私はなるべくそばに居てあげました。葬儀屋さんとの打ち合わせなどの時もそばにいました。友人は3姉妹なのですがお父さんももう居なかったので3姉妹で大変な中も葬儀屋さんと打ち合わせをしていたんです。主人の父の時の感じとは違う葬儀屋さんでした。年齢的に若いような方が多く、仕切っている方も若く見えました。初めは大丈夫なのかなと私は思ってしまっていました。イメージの違いですかね。父の時は畏まっている感じ、言葉使いは敬語のみ雑談なんて勿論ないです。でも友人の時の葬儀屋さんは丁寧な言葉はですとか、ますなど位でこの違いで大丈夫かななんて思ってしまったんですかね。でも、その事が彼女達3人の気持ちを和らげていたんです。私は通夜も葬儀も受け付けのお手伝いをしました。なので葬儀屋さんと関わる事も多かったのですが友人と葬儀屋さんは友達のように仲良くなっていたんですね。たまに冗談を言っていたり笑っていたりして。お通夜の終わりの頃には一緒にお金の計算、私の同級生達と葬儀屋さん笑ったりしてしまっていました。彼女にとってはよかったのだと思います。葬儀が終わり出棺の時の彼女は見ていられないほど泣いて泣いていました。この後は私は一緒にいてあげることが出来ません。私は葬儀屋さんに彼女ボロボロになってしまう、よろしくお願いしますと頼みました。葬儀屋さんはわかってますよ。大丈夫です。任せて下さいと言ってくれました。私はその後帰宅しました。

父の葬儀やお通夜、友人母の葬儀やお通夜とまったく違う感じでしたが私が感じた事は畏まって礼儀作法などがしっかりしているのは当たり前なのですが彼女達の心を察してくれた気持ちのこもった葬儀屋さんがとても心に残りました。今でも彼女達は、法要などの相談をしたりしたりしてホントの友人のように仲良くしているみたいです。葬儀屋さん色々なんですね。自分が必要な時はその葬儀屋さんにお願いしたいなと思いました。