葬儀や通夜における失礼のないマナー

母親の通夜を先に、父親の葬儀を済ませて35年目に入ります。

高血圧で倒れた母親は一週間意識を失ったまま、あの世に旅立ちました。それまで健康に過ごしたせいもあって救急車で搬送された先は近所の病院とは言いがたく、訪問には一時間ほどの余裕が必要でした。5人の子どもを育て、それぞれが大人の世界に入って数年経っていましたから、看病人に事欠きません。通夜は自宅で行ないました。葬儀は小学校時代の同級生の寺で行ないました。

看病一昼夜過ごす間に、ふと母の手が枕頭に座っているぼくの頭に伸びてくるような錯覚に、何度も襲われたことを今でも鮮明に覚えています。父親は事業に成功を収めていただけに葬儀は大変でした。自宅前の道は車がすれ違うだけの幅がなく、通夜から大変な混雑が続いていました。総務部の担当者が近所の方々に頭を下げて歩いていたのをぼくは見ています。それでいながら地元のぼく自身には何か彼らの行動をサポートせねばならない、と言う想いが浮かんでこなかったのは不覚としか言いようがありません。

年の差はいくつだったんでしょう、五つほど父親が上だったように記憶しています。母親が亡くなって5年後、父親も旅立ちました。長男としてぼくは施主になったわけですが、そのときの無力感も鮮明に残っています。無力感が鮮明、と言うのは奇妙ですね。でも事業に成功した父親からこれといった教育もなく、いわば何の覚悟もないままに社会へ放り出されたような気持がありました。通夜は自宅で行ないました。葬儀はとても本格的なものでした。あらためて父親の偉大さを実感した瞬間でもありました。